issue: 195 title: 経営とインクルージョン(構造要約) date: 2026-04 source: raw/w_195.txt card: ../issues/w_195.md type: issue_summary

特集はSection 1(定義・理論)→ Section 2(実践)→ まとめの3部構成で、Section 2はさらに「誤解に物申す/リーダーシップ/組織で起動」の3ブロックにテーマ分割されている。野田智義の「価値創造のための手段」論を柱に据え、船越多枝の4象限フレームで現状診断し、リーダーシップ論と企業事例で実装を示し、編集長まとめで倫理的境界を引く、という論理流れ。

はじめに(編集長序文, p.5)


Section 1-① Interview: 野田智義「価値創造という視点から、多様な個を包摂する挑戦を捉え直す」(pp.6-11)

主張: 経営におけるインクルージョンは倫理的・規範的な社会正義の要請を超え、価値創造プロセスへの参加設計として再定義されるべき。

根拠: - ヴァージニア大学エドワード・フリーマンのステークホルダー理論(1980年代後半)は倫理的アプローチ、対してニュー・ステークホルダー・セオリーは価値創造の観点。後者がインクルージョンと接続する - 現代はラディカル・アンサーテンティ(予測不能)の時代。多様なステークホルダーとの協働による試行錯誤そのものに企業活動の本質がある - かつて価値は組織が生み、個はその一部だったが、現代の価値創造の源泉は「個」へ移行

鍵概念: 遠心力と求心力 - 遠心力 = 個に権限を与え自律的判断をさせる - 求心力 = パーパス/ミッション/バリューで束ねる - インクルージョンを突き詰めると「誰が意思決定と価値創造に参画できるのか、誰が最終的に決め責任を負うのか」という権限と責任の配分設計

グローバル文脈の具体化: - 日本本社のハイコンテクスト(暗黙の了解)はグローバルで通用しない - 「何をグローバル統合し、何を現地に任せるか」の線引きの言語化が不可欠

「思いを馳せる力」: - グローバル会議後に日本人だけ日本語で話す情景 — 「語学問題ではなく、疎外しても何とも思わない無神経さ」 - マジョリティの鈍感さは女性・障がい者排斥の根底と同じ - 一人ひとりが「マイノリティの立場に身を置き、思いを馳せる」感度を磨く必要

「個の可能性に賭ける」という哲学が前提であり、その力を最大限に引き出すための概念がインクルージョン


Section 1-② 船越多枝「経営学で捉える日本企業のインクルージョンの現状と課題とは」(pp.8-13)

主張: 日本企業は「同化」をインクルージョンと誤認するリスクを抱えており、「帰属感を高める力が強いがゆえに同化が促進され、包摂と誤認されやすい」という構造が真のインクルージョンを難しくしている。

根拠: Shore et al. 2011の4象限フレームワーク(図1, p.9) - 縦軸=集団での自分らしさ、横軸=集団への帰属感 - 4象限: - エクスクルージョン(排除): 低×低 - アシミレーション(同化): 低×高 - ディファレンシエーション(差別化): 高×低 - インクルージョン: 高×高

船越2015-2016の調査(日本人男性・女性・外国人計15人): - 日本人男女総合職はエクスクルージョン→アシミレーション→インクルージョンを辿る傾向 - 外国人社員はエクスクルージョン→ディファレンシエーション→インクルージョンで差別化経由 - 「アシミレーションは、帰属感は高いが自分らしさの発揮が抑制される状態。この段階をインクルージョンだと誤解している職場もある」

女性の同化の罠: - 「能力発揮=既存規範(長時間労働など日本型雇用の特徴)への適応」が前提化されると、家事・育児・ケア責任の存在が見過ごされる

処方箋: 1. 対話: 「あなたのことを知りたい」という歩み寄りの姿勢 2. 言葉の運用: 外国人社員の調査では「日本語ができること」ではなく「実務遂行能力」を評価されたい声が強い。"てにをは"の指摘で能力が否定されたと感じる


Section 2-① インクルージョンをめぐる誤解と混乱に物申す(pp.14-23)

複数記事で以下の論点が扱われる(該当ページの精読は一部のみ):

大村剛史弁護士「問題行動のある社員にどう向き合うか」(pp.22-23, 三浦法律事務所パートナー)

主張: インクルージョンは全社員一律に適用すべきだが、"我"ばかり主張したり企業秩序を乱す"問題児"社員までは対象ではない。オーバーインクルージョンは避けるべき。

具体的ケース分類: - 暴言・指示無視 → 淡々と注意指導、改まらなければ業務指示違反として懲戒処分 - 悪気はないが自己流固執・改善なし → 能力不足として配置換え・退職勧奨 - 「静かな退職」的不活性人材 → 真に能力がないのか強みが活かされていないのか、時間をかけて見定める

日本の解雇法制の問題: - 解雇の金銭解決が法的に認められていないため、1人解雇の負担が大きい - 厚労省・労政審の三者議論は実現せず続いている - 口頭注意ではなく、メール・書面で証拠を積み重ねておくべき

推奨: 社員一人ひとりの意見を集約する場づくり(アンケート、再発防止議論)。ただし基本レールから逸脱する社員には「違う」と言える体制を併設。


Column① アート: 長野県立美術館「インクルーシブ・プロジェクト」(pp.24-25)

登場人物: 笠原美智子(館長), 青山由貴枝(学芸専門員), 浅野井愛未(広報)

問題設定: - 笠原は1991年に日本の美術館でフェミニズム/ジェンダー視点を明確に掲げた先駆的展覧会「私という未知へ向かって」を企画 - 美術史は男性の視線で形づくられ、女性は「描かれる対象」として位置づけられてきた - 30年後の現在、「女性館長が増えたといわれるが、ゼロが一になっただけ。半々になってはじめて変わったといえる」

プロジェクトの実装(2021年リニューアル以降組織事業化): - 障がいのある方のための特別鑑賞日(音・光刺激を抑制) - 視覚障がい者と共に鑑賞するプログラム — 「見えない人と作品を見ると、今まで見えていなかったことが見える」(青山) - 全職員(館長~総務)が車椅子で動線確認、視覚障がい者誘導体験

鍵フレーズ:

「インクルージョンは"慣れ"ではなく"訓練"」(青山) 「ソファで寝ていてもいい。展示をすべて見なくても、疲れた人が何もせず休みに来る場所であっていい」(笠原)


Section 2-② インクルーシブリーダーシップのあり方を問う(pp.26-33)

野田稔(明治大学)「同質性の高さと自律性の高さのアウフヘーベンがリーダーの役割」(pp.26-27)

主張: 同質性 vs 自律性の二項対立ではなく、弁証法的に「正」と「反」をアウフヘーベンして「合」を目指す

集団凝集性の特徴・メリット・デメリット: - メリット: 衝突少なく効率的、日本の高度成長を支えた - デメリット(現代): 強い規範意識が自律性を阻害 / 減点主義と相互監視 / 集団浅慮(同調行動・リスキーシフト)

心理的安全性の正しい理解(エイミー・エドモンドソン/Google定義): - 「ありのままの自分でいることを周りが認めること」 → 対立も起こり説得も必要、精神的負荷が大きい - ぬるま湯ではなく、信頼関係・相互尊重を土台にプレッシャーに耐える状態

成熟度の要件: - 利他主義と誠実さに基づく組織市民行動 - 心理的柔軟性(「今、ここ」に集中) - デビルズ・アドボケイト(悪魔の代理人)の制度化で揺らしを入れる

入山章栄(早稲田BS)「沈黙もできるリーダーこそが多様な知を生かせる雄弁な組織を作る」(pp.28-29)

主張: 日本企業でのインクルージョンに必要なことは、ほぼすべて心理的安全性に帰結する。

両利きの経営との接続: - 深化×探索のうち探索は「離れた知と知の組み合わせ」で生まれる - 多様な人材が"いる"だけでは不十分。引き出され交わる状態=インクルージョン

認知バイアスとしての同質化: - 過去の成功体験は「道徳の問題ではなく、認知の問題」 - カルチャーを戦略的に設計する必要

アメトーーク!の蛍原徹モデル: - カリスマ司会者型(1対1を繰り返す)ではなく、出演者同士が喋るよう場を回すファシリテーション - 「これからの課長・部長は喋ったらダメ」「会議でいちばんやってはいけないのは、上司が喋りすぎること」 - ズレた発言に「それ面白いね」と言えるかどうかが心理的安全性

日本企業の問題: 「見栄えのいいパーパスやバリューは掲げるけれど、行動に落とし込んでいない」「GoogleやAmazonはカルチャーを"言葉"ではなく"行動"として埋め込む」

安部美佐子(フィリップス・ジャパン社長)「人材も国も『違い』を認める」(pp.30-31)

主張: 現場への裁量委譲=「ローカル・トゥ・ローカル」が多様性を経営に生かす道。

沖一匡・梅澤慶太郎(やちよ総合診療クリニック)「経営学を学んだ医師による患者も職員も幸せになるクリニック」(pp.32-33)

主張: 医療現場の「働きやすさ」と「働きがい」の両立には経営学的設計が必要、CHO(Chief Happiness Officer)を経営中核に置く。


Column② オフィス: ディー・サイン長尾成浩(pp.34-35)

主張: オフィスは経営戦略の一環。人と人をつなぐ下地づくりが帰属意識/インクルージョンに直結する。


Section 2-③ インクルージョンを組織で起動させる(pp.36-43)

伊藤かつら(人事院人事官, 元日本マイクロソフトCLO)「変化をエネルギーに変えること」(pp.36-37)

主張: ダイバーシティはインクルージョンの"最大の刺激"。変化抵抗は科学的アプローチで粛々と扱う。

人事院改革の実例: - 着任時、職員はバインダー山と3kg共有端末。GSS(ガバメントソリューションサービス)の第1号としてフルクラウド化=DX - ミッション「公務員を元気に、国民を幸せに」を制定 - 新オフィス: 幹部エリアをガラス張りに、秘書エリアをオープンに、執務フロアにフリーアドレス、コンセプトは「バタフライ」

外資での経験: - 日本語を解さない外国人部長を本社から招いたことで組織カルチャーが劇的に変化 - 役員会で「空気を読まないおばちゃん」を心がけ、エレファント・イン・ザ・ルームを指摘する役割

認識: 「日本人は変化を嫌う」は感情論。人間は誰もが変化を嫌うもので、だからチェンジマネジメント技法が存在する。楽しみながら変化を取り入れることが肝要

阿渡健太(日揮パラレルテクノロジーズ社長)「すべての人が活躍できる組織に」(pp.38-39)

主張: "健常者ルール"をゼロベースで再設計すれば、障がいのある人材の能力発揮が可能。

事業設計: - 日揮グループ分社化時に法定雇用率を達成できず、2021年に特例子会社として設立 - 2026年4月時点で総勢56人、大半がIT特化就労移行支援事業所卒業のエンジニア - 「ITスキルだけ見れば年収1000万円稼げるレベルの人もいる」

制度設計の3本柱: 1. 1人1業務体制: 設立当初チーム制で人間関係の摩擦によりリタイア者続出 → 1人完結に変更 2. フルリモート・フルフレックス: 成果だけ評価、体調の波に対応 3. ノーワーク・ノーペイ: 休職賃金支給なし(傷病手当金受給)、時短も時間相応の賃金。「福利厚生が手厚すぎると休職が"リスク化"し、精神・発達障がい者は採用時に敬遠される」という構造認識

業務設計: - 「重要だが緊急ではない仕事」を請け負う(事業部門のIT化で従来急がれなかったもの) - やり取りは文字化してあいまいさ排除(「とりあえずやっておいて」は伝わらない) - みんつく会議(週1オンライン)で当事者声を吸い上げ - 2025年10月人事制度改訂でマネジャーのキャリアパス新設

鈴木千夏・島田健太(アフラック)「ボトムアップのアプローチ」(pp.40-41)

主張: ダイバーシティ推進は社員主導のボトムアップが経営パフォーマンスに直結

主要施策: - Diversity Allies(2023発足): 男性管理職の意識変革ネットワーク(現在20人超、女性管理職も参加) - 多面観察テスト(毎年): 管理職のアンコンシャスバイアス自己理解、2025年は社員約4800人中700人回答 - ダイバーシティカウンシル(2016~): 経営陣への提言 - AWLT(Aflac Women Leadership Training), がん経験者/育児/介護のテーマ別コミュニティ - Diversity Champion Award(2023) - Diversity Week(2025~, 1週間): 関心の薄い層の巻き込み

働き方: Agile@Aflac(2019~)でアジャイル組織「トライブ」を部門横断編成、既存ヒエラルキー突破

プリンシプルベースの判断: ルール・前例ではなくコアバリューに基づく行動原則

数値成果: - 「社員一人ひとりを大切にしている会社」と回答: 42.5%(2014) → 79.3%(2025) - 「性別・年齢に関係なく多様な人財が活躍できる風土」: 62.2% → 82.1%

内山直之・大津麻衣・長谷場友(出光興産)「徹底した対話がインクルーシブな環境づくりのカギ」(pp.42-43)

主張: 統合においては「共通点を見出す」姿勢が対話を通じた文化融合を可能にする。

プロセス(出光×昭和シェル 2019統合→2025年PMI完了): - MIRAIキャンプ: 両社若手半々で互いのイメージを率直に出し合う、15回・のべ1000人超 - 人事制度統合も「どちらか一方に寄せない」 — 挑戦推奨/人材育成という共通価値観を発見 - 2021年に企業理念「真に働く」成文化 - 2025年に行動指針7項目(徹底的当事者意識/飽くなき成長意欲/誠実・相互信頼/大胆に挑み続ける/常に考え決断する/相違を乗り越える/人を活かす)を制定 - 全60部署で説明会・座談会、アンケート肯定9割

管理職観: - 「管理するだけの役割ではない」として「役職者」と呼称 - 最も重要な役割は「人を育てる」こと


まとめ 佐々木貴子編集長「インクルージョンは、価値創造プロセスにおける企業の価値観と個性の発揮の両立」(pp.44-45)

Ghoshal & Bartlett 『個を活かす企業』(1999, The Individualized Corporation)との接続: - 戦略をトップダウンで実行させる経営戦略論が主流だった時代に、個人の自律性を提示した名著 - この「Individualized」は時を経てインクルージョンに置き換わった

懸念: - インクルージョンはキャリア採用者・非正規・外国籍社員などマイノリティ向け概念で、マジョリティには不要という無意識の思い込み - 統合報告書では「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン」が同じ箇所でしか言及されない

2つのポイント: 1. 価値観(求心力)と個性(遠心力)の具体的な定める: ミッション/行動指針/ビジネスプラン起点/組織業績評価=求心力、権限設定/個人評価=遠心力。これがインクルージョンされるもの/されないものの境界線 2. 同質化と混同しない: ハイコンテクスト文化では「わかってからでないと発言できない」慣習が働き、発言が常に「受け入れられるもの」に収束 → イノベーション創発困難

倫理要件: - 企業価値観(境界)には高い倫理観が必要 - 経営トップの価値観が倫理を欠く場合、周囲の役員・社員・外部ステークホルダーが「No」と言えるかが試金石


連載(ダイジェスト)


読解メモ