2020-10-23
  • データ主導の人材開発・組織開発

【第12回】効果的なフィードバック(社員意識調査)

『企業と人材』誌(産労総合研究所発行)に、2019年7月号から2020年6月号までの予定で『人材開発部門のデータ活用』を連載しています。誌面だと小さくなる図表を改めて掲載する他、誌面には掲載しきれない参考文献や参考情報を当ウェブサイトにて紹介します(毎月5日の発行日に合わせて公開)。連載本文PDF

 

【図1】 優先課題を抽出するためのマトリクス

 

【図2】 行動経済学の法則の活用


【社員意識調査(サーベイ)フィードバックの教科書】

社員意識調査(サーベイ)のフィードバックについての教科書として、立教大学の中原淳教授が今年出された、次の書籍があります。日本語における「サーベイ・フィードバックに関する最初の本」であり、日本の人材開発・組織開発担当者が最初に手にとるべきものになります。

中原淳 『「データと対話」で職場を変える技術 サーベイ・フィードバック入門』 2020

同書は組織開発の教科書としても位置づけられており、「データから対話を導くことで職場を変える」という、「人間と人間の相互作用」の文脈に焦点が当てられているところに特徴があります。(一方、当連載は、「データから優先課題および解決の方向性を見出し行動につなげる」という、「問題・課題解決」の文脈に焦点を当てています。もっとも、最終的にフィードバックの受け手の知・情・意に変化が起きなければ意味がないことを強調している点では一緒です。また、データを用いる本質が「問題をいったん外在化させる」ことにあるという中原先生の指摘も、当連載の「視点を他者の視点にコペルニクス的に転回させる」考え方と一緒です。)

さて、上述の中原先生の書籍では、「日本語に訳された教科書の不在」が指摘されるとともに、英語による定番の教科書や先行研究が踏まえられていますが、以下、そのような定番の教科書について紹介します。

往年の組織コンサルタントとして名高いデイヴィッド・ナドラーは、データのフィードバックに基づく組織開発について体系的に述べた、1977年に出版された次の古典的な書籍において、職場メンバーの意識調査結果のフィードバックを受けるマネージャーの心理には「不安(anxiety)」「防御(defensiveness)」「恐怖(fear)」「希望(hope)」の4要素が入り混じると喝破するとともに、その対処法をリストアップしています。

David A. Nadler 『Feedback and Organization Development: Using Data-Based Methods』

組織開発の大家ワーナー・バークは、(第4回の参考文献としても掲げた)次の組織開発の教科書において、「サーベイのフィードバックについてはナドラーの1977年の書籍を参照せよ」と述べており、すなわち、ナドラーの議論に付け加えるものはそれほどない、という認識を示しています。

W. Warner Burke, Debra A. Noumair 『Organization Development: A Process of Learning and Changing』

次の、800ページ近くに及ぶ「組織開発大全」とでも言うべき組織開発の教科書では、フィードバックが満たすべき要件が下記のようにリスト化されており、そこにおいては、ナドラーの書籍に掲載されたリストがほぼそのまま踏襲されています。やや抽象的な記述ですが、自分達の企画しているフィードバックレポートやフィードバックプロセスが妥当かどうかのチェックリストとして有用です。

Thomas G. Cummings, Christopher G. Worley 『Organization Development and Change』

(同書は頻繁に改訂がなされており、少し以前の版は無料で読むことができますので、そちら(第9版)のpdfファイルへのリンクを貼っています。)

フィードバック内容が満たすべき要件

1)関連(Relevant)―― 問題解決にとって意味あるものであること
2)理解可能(Understandable)―― 解釈が容易であること
3)記述的(Descriptive)―― 実際の組織行動と結びつくこと
4)検証可能(Verifiable)―― データは妥当で正確であること
5)タイムリー(Timely)―― データはできるだけすぐフィードバックすること
6)限定(Limited)―― 処理できない過剰な量の情報を与えない
7)重要(Significant)―― 組織メンバーが何かできることに関するものであること
8)比較(Comparative)―― 何らかの比較対象グループと比較するものであること
9)未完(Unfinalized)―― 検討の出発点であること

フィードバックプロセスが満たすべき要件

1)データで議論するモチベーションの付与
2)ミーティングの組み立て
3)適切な参加者
4)適切な権限
5)プロセスの支援


【組織開発におけるサーベイ・フィードバックの位置づけ】

データに現れた現状の姿、問題・課題を受け手の腹に落とし、行動変化につなげるためには、フィードバックを受ける人間の認知や感情の傾向を理解し、積極的に対処することが欠かせません。

そのこともあって、サーベイ(調査)データのフィードバックを中心とする介入は、心理学者を中心に発達した組織開発の分野において、「診断型組織開発」と呼ばれる大きな分野となっています。そのことは、組織開発の歴史と現状を振り返る大著である次の書籍にもまとめられています。

中原淳、中村和彦 『組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす』

同書では、組織開発プロセスの標準的なモデルとして「組織開発の5段階実践モデル」が提唱されており、「フィードバックによる対話」は3段階目のステップとして位置づけられています。サーベイ・フィードバックは、「質問紙調査やインタビュー調査などを行い、その結果を対象者にフィードバックした後に対象者同士が話し合い、現状についての気づきを高めるもの」とされています。

(同書の立場と本連載の立場とでは違いもあります。同書では、診断型組織開発で扱うデータについて、「世界には真実があり、それは科学的な手法で明らかにできるものだという客観主義、本質主義の考え方に立脚するもの」と位置づけていますが、本連載では、サーベイ結果を用いて組織開発を行うとしても、結果が客観的な真実であることを前提にする必要はなく、回答者の「主観事実」という重要な事実情報と位置づければそれでよい、という立場に立っています。)


【行動経済学の知見の活用】

近年、人間の認知、判断や行動の「バイアス」や「くせ」を理論化する、「行動経済学」という分野が注目を集めています。人の行動変化を導く効果的なフィードバックの仕方も、行動経済学の法則からかなりの程度導かれる可能性があり、注目に値します。連載本文では、行動経済学の代表的な理論である「プロスペクト理論」とその活用可能性について述べています。

行動経済学の定評あるコンパクトな解説書として、次があります。

大竹文雄 『行動経済学の使い方』

友野典男 『行動経済学~経済は「感情」で動いている』

なお、人から「承諾」を得るテクニックを体系化したものとして長年広く読まれてきた、社会心理学者チャルディーニによる『影響力の武器』で整理されている6つの武器(返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性)は、行動経済学が整理している知見とも重なり合うところがあり、同書は行動経済学の参考書として位置づけてもよいかもしれません。

ロバート・B・チャルディーニ 『影響力の武器: なぜ、人は動かされるのか』


【組織文化変革の知見の活用】

効果的な行動計画の策定を導くために、組織のタイプに応じて、推奨される施策例や行動例をヒントとして提供することも有効です。連載本文では、組織文化変革で用いられる、(本連載で推奨している人および組織のディメンションの雛形とも親和性がある)「競合価値観フレームワーク」とその活用可能性について述べています。

(第4回の参考文献としても掲げた)次の書籍では、組織文化や管理職のマネジメントスタイルをもたらす4つの「競合価値観」のうち、あるタイプから別のタイプへと行動を転換するためには意識的な努力が必要という見地から、ヒントとなる施策や行動のリストが掲げられています。

キム S・キャメロン、ロバート E・クイン 『組織文化を変える』