2019-09-22
  • データ主導の人材開発・組織開発

【第3回】人材開発部門で扱うべきデータとは

『企業と人材』誌(産労総合研究所発行)に、2019年7月号から2020年6月号までの予定で『人材開発部門のデータ活用』を連載しています。誌面だと小さくなる図表を改めて掲載する他、誌面には掲載しきれない参考文献や参考情報を当ウェブサイトにて紹介します(毎月5日の発行日に合わせて公開)。連載本文PDF(雑誌発行2ヶ月後に公開)

※ 勉強会も適宜企画いたしますので、ご遠慮なくご相談ください。

 

【図1】 データの種類

 

【図2】 企業目的から調査項目への落とし込み

 

【調査項目サンプルの入手法】

今回は、人材開発部門が扱うべき主なデータは「主観データ」、すなわち調査票への回答データである、ということを述べています。そして、調査項目設計についての議論を開始しています。

調査項目をどう体系化すべきか、ということについては次回で扱いますが、体系化の前にまず、調査項目=設問項目を洗い出す必要があります。そのためには、設問のサンプルを参照することが現実的です。

しかし残念なことに日本語では、社員意識調査について書かれた現役の専門書はほぼ存在せず、設問設計についての議論がオープンになっておらず、オープンソースの設問集も見当たらないのが実情です。一方英語では、設問サンプルを含む多くの専門書がありますので、その中で入手しやすく、特に有用であると感じたものを以下紹介します。(なお、これらの書籍を設問サンプル集として使うためには、Kindle版にて参考にしたい設問例をハイライトし、ハイライトした部分をエクスポートする機能でテキスト化した上で、それを自動翻訳にかければよいでしょう。)

◆本連載の立場に極めて近く、かつ設問データベースとしても有用なものとして、次の書籍があります。

Jack Wiley 『Strategic Employee Surveys: Evidence-based Guidelines for Driving Organizational Success』

題名を訳せば、『戦略的従業員サーベイ:組織の成功への実証されたガイドライン』。経営全体の高所視点でサーベイを組み立てるべきこと、サーベイを通じて社員を経営プロセスのモニターに積極的に参加させるべきこと、そして「ビジネスパフォーマンス」と「社員エンゲージメント」の両輪でサーベイを組み立てるべきことを述べています。また、過去のサーベイのデータ分析結果に基づいて経営アジェンダへの影響力が大きい項目を絞り込んでコンパクトな調査票にまとめるプロセスを示しており、本連載の立場に極めて近いと言えます。

◆設問項目のみならず、サーベイの案内文等も含めたデータベースとして有用なものとして、次の書籍があります。

John Kador, Katherine Armstrong 『Perfect Phrases for Writing Employee Surveys: Hundreds of Ready-to-Use Phrases to Help You Create Surveys Your Employees Answer Honestly, Complete』

ひたすら実用本位に、次のような一般的な分野分類に従って、設問例が整理されています。

従業員満足とエンゲージメント/リーダーシップとマネジメント/バリューと倫理/組織文化/職務環境/ビジネスパフォーマンス/キャリア開発とトレーニング/評価・報酬・ベネフィット/人事部門/情報技術/社内コミュニケーション

◆設問設計の心構えを説き、文献案内が充実した書籍として、次も有用です。

Alec Levenson 『Employee Surveys That Work: Improving Design, Use, and Organizational Impact』

調査のための調査ではなく、調査を通じて何を達成するか、というゴールに焦点を当てて、設問設計を初めとする全てのプロセスを組み立てるべきこと、それにあたって意思決定しなければならないことを、わかりやすく述べています。経営者が求めがちな「他社比較」にはそれほど意味がないことの説明など、優れています。設問サンプルはそれほど載っていませんが、その分、文献案内でカバーしています。ただし、一つの構成概念を複数の設問でカバーすることを推奨するとともに、よって一つのサーベイで全てのアジェンダをカバーすることは現実的ではない、としている点で、本連載と立場は異なっています。(本連載では、従業員の視点と組織のビジネスパフォーマンスの視点の両方をカバーする包括的なサーベイを行うことが十分可能であり、またそれを目指すことが妥当である、という立場をとっています。)

◆その他、社員意識調査の設問サンプルを公開している英語のWebサイトとして、次のものがあります。設問サンプルを得るだけであれば、まずはこれだけでも十分かもしれません。

https://hr-survey.com/EmployeeSurveyQuestions.htm

◆意識調査の設問サンプルを入手することに比べて、日本語で多面評価の設問サンプルを入手することは、比較的容易であると言えます。一般的に「リーダーシップ・コンピテンシー」と呼ばれるものの行動指標が多面評価の設問に該当しますので、「リーダーシップ・コンピテンシー」について書かれた書籍やウェブサイトを参照するのがよいでしょう。

多面評価の設問については、次の拙著(共著)においても、若干の設問雛形を示しています。

相原孝夫、南雲道朋 『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』

 

【隣接分野における統計手法活用に学ぶ】

今回、人材開発・組織開発においてはどのようなデータを扱うべきか、ということを述べました。逆に、他の分野においてはどのようなデータをどのような方法で扱っているのか、ということについて、ここで触れてみたいと思います。

人材開発・組織開発におけるデータ活用に関して、業界標準と言えるやり方はまだ確立されていません。(当連載はその試みです。)よって、これという教科書や参考書は見当たらないのが現状です。教科書や参考書を探すとすれば、データ活用手法が確立されている隣接分野から探すことになります。既にデータ活用手法が確立されている分野を参考にすることで、独りよがりにならない客観性を得ることができます。また、他分野を参考に、人材開発・組織開発においても新たなデータ活用法を編みだすことができるかもしれません。

そのような隣接分野としては、「心理学」「計量経済学」「マーケティング」の3つが挙げられます。分野ごとに、何を解決したいのかという固有のアジェンダがあり、従ってそれに基づくデータの使い方の固有のセンス、そして固有の作法が形作られています。それらを一つ一つ勉強していると時間がいくらあっても足りなくなってしまいますが、特に関心を惹かれる分野に絞って、入門書から順に触れてみることがよいと思われます。

 

【心理学】

心理学はまさに主観データ、すなわち調査票に基づくアンケートデータを中心に扱う分野であり、それゆえ、心理学におけるデータ活用は参考にしなければならないものです。(既にご紹介した、無償で配布されている統計ツールHADを開発した清水裕士教授も、社会心理学の教授です。)

「心理テスト」を開発するのが心理学のデータ活用の目的である、と言っても、大きく外れてはいないでしょう。人材開発・組織開発実務との違いとしては、心理学においては、知能や心理的特性に関わる抽象的な「概念」を実証することに重きが置かれるということにあります。よって、質問紙(=時にテスト用紙)の設問が、実証したい「概念」を測定するものとして妥当かどうか、ということの判断に多くのエネルギーが割かれます。例えば、心理学では性格の5大因子(ビッグファイブ)として「外向性」「情緒安定性」「開放性」「勤勉性」「協調性」が挙げられますが、本当にこの5つなのか、どのようにしてこの5つの強弱を判定するのか、ということの確立にエネルギーが割かれるのです。よってまた、質問紙の信頼性を高めるために、一つの「概念」を複数の設問で測定することが通常です。

それに対して、人材開発・組織開発の実務において、「概念」は、設問を設計したり、傾向をわかりやすく整理したりするための道具にすぎず、その実証は目的ではありません。(当連載においては、「設問の文言=概念」と見なすことで、設問の妥当性(構成概念妥当性)の議論も回避してしまいます。)

◆調査票の作り方を中心に、心理学における統計手法の用い方を示す専門書として、次のものがあります。心理テストの開発にも長年携わってこられた著者によるもので、心理学におけるしっかりとした統計手法活用の作法を知ることができます。ただし専門書として、内容の難易度は高くなります。

村上宣寛 『心理尺度のつくり方』

◆同じ著者による入門書としては、次のものがあります。心理学における統計手法活用の勘所とともに、テスト業界の裏事情がよくわかるものとなっています。

村上宣寛 『心理テストはウソでした』

村上宣寛 『IQってホントは何なんだ?』

村上宣寛 『性格のパワー 世界最先端の心理学研究でここまで解明された』

◆次の書籍は、先述の統計ツールHADを用いて心理学の論文を書く手順を学部生向けに解説したもので、心理学における統計ツールの使い方マニュアルとして参考になるものです。

柴田康順 『心理統計の使い方を学ぶ -質問紙調査による実践を通じて-』

ただし、アンケート結果データに対して、いきなり因子分析を行い、あとは因子得点に基いて解析を行うという、本連載では第9回で紹介する抽象度の高いデータの扱い方を指導するものとなっています。(学部生はいきなり3階にエレベーターで上げられて何をやっているのかわからないのではないかと思いますが・・・)

 

【計量経済学】

計量経済学の手法を用いて労働、教育、そして人事や組織のことを研究する経済学の分野があります。つまり経済学の分野でも、人や組織のデータを扱う手法や作法がまとめられつつあります。

計量経済学は、主として政策立案・評価のための学問であり、ある政策をとったときにどのような効果を得ることができるかを分析するものです。企業内の施策立案・評価と、データ活用の目的・手段は似ています。主観データか客観データかを問わず、用いることができるデータを全て用いて、(科学的・普遍的真理とまでも言えなくても)国の政策レベルでの含意を引き出すことができる程度に真理と見てよい結論を引き出すことが目指されています。従って、個別の企業においてその時に必要な施策を導き出すためのデータ活用よりも高い精度が求められ、精度を確保するための手続きに多くのエネルギーが割かれていると言ってよいと思います。

◆東京大学社会科学研究所の大湾秀雄教授は、複数の協力企業の企業内データを用いた産学官連携プロジェクトにて、個々の企業で行うデータ分析に近いイメージの研究をされており、次の書籍において、その成果の中から「女性活躍支援」「働き方改革」「採用」「管理職評価」「離職」「高齢者雇用」の6テーマについて、データ分析事例を紹介されています。

大湾秀雄 『日本の人事を科学する – 因果推論に基づくデータ活用』

ただし、用いられている統計手法は、企業人事部が用いる統計手法としては「本格的」すぎるかもしれません。

◆上記の大湾教授の本に登場する統計手法については、次の教科書を参照することで、より精密な理解が得られます。

田中隆一 『計量経済学の第一歩 実証分析のススメ』

ただし、人材開発・組織開発実務ではそこまで求められない論証精度を求める技法に立ち入っており(例えば「統計分布」の種類と使い分け、「分散が一様でない場合」の技法等)、かつ、数式を用いた記述はやや難易度が高いと言えます。

演習事例のデータを出版社ウェブサイトからダウンロードできることがありがたい点です。次のようなデータ項目を扱うものとなっており、計量経済学のデータ活用が何を目指すのかがよくわかります。

教育年数/就業可能年数/性別/都市部かどうか/就業しているか/収入/大学に通ったか/母が大学に通ったか/父が大学に通ったか/母親の就学年数/父親の就学年数/兄弟姉妹数/安倍内閣支持の度合い/民主党の支持度合い/6歳以下の子供がいるか/配偶者の所得/15歳の学業成績/15歳の読書/15歳の暮らし向き/15歳の時に母親が働いていたか/通勤時間/睡眠時間/仕事満足度/生活満足度/喫煙本数/過去1年に病気やけがで休んだことがあるか ・・・

◆次は、刊行時に話題にもなった、新書版の入門書です。

伊藤公一朗 『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』

計量経済学(経済学の実証分析)ならではの、「(公共料金や税制といった)政策と効果の因果関係の見極め方」に焦点を当てて、中核となる手法である「ランダム化比較実験」を中心に、それを補完したり深めたりする様々な手法を紹介しています。新書版の一般向け入門書として徹底的に噛み砕いて説明していますが、扱われているテーマはかなり専門的と言えます。大企業における、制度導入効果の検証方法を考えるにあたってのヒントが得られるかもしれません。

◆同じ趣旨で、「因果関係」と「相関関係」との違い、そして「因果推論」の行い方、というテーマを掘り下げている準入門書が次の書籍です。

中室牧子、津川友介 『「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法』

 

【マーケティング】

マーケティングにおけるデータ活用は、統計学、ビッグデータ、AI、インタビュー等の定性手法等、手段を選ばない総合格闘技のような分野であると言えます。Google社の本業でもあるウェブ広告配信もマーケティング分野と言え、マーケティング分野はデータ活用が最も進んでいる分野と言えるかもしれません。

この分野は多くの場合、求める結果は「売上」というはっきりした単一の指標で表されます。この分野の統計手法活用の目的は「売上を最大化するための方程式づくり」、すなわち「何をどうしたら売上が最大になるかを予測/シミュレーションすること」にあるとも言えます。すなわち、例えば、マーケティングの4P(Product(商品)、Price(価格)、Promotion(プロモーション)、Place(売り場))の条件を変えた時に、売上がどうなるかを予測するのです。

◆次の書籍は、「マーケターに必要な統計や因果推論の基礎知識を「演習形式」で共有するもの」で、既にご紹介した統計ソフト「エクセル統計」を用いた様々な統計手法の活用例が示されますが、最終的に、上述のような「方程式」作成をゴールとしており、マーケティングにおける先進的なデータ活用の姿をEXCELの上で追跡・経験できる、優れた実践的教科書であると言えます。

小川貴史、(株)社会情報サービス 『Excelでできるデータドリブン・マーケティング』

◆また、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)再建の立役者として名を馳せたマーケッター森岡毅氏の著作は、マーケティングにおけるデータ活用のガッツとマインドを内側から知ることができ、お勧めです。

森岡毅、今西聖貴 『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』

◆その他、マーケティングには、マーケティングリサーチという消費者意識調査を大きな柱とする分野があり、CS(顧客満足)とES(従業員満足)が並行して語られるように、社員意識調査との類似性は明らかです。次は、マーケティングリサーチの実施に関しての網羅性のある実務マニュアルとなっており、おおよそ「アンケート」形式の調査において意識・検討すべきことのチェックリストとして有用です。

酒井隆 『図解 アンケート調査と統計解析がわかる本』