2019-10-16
  • データ主導の人材開発・組織開発

HRテック時代の360度評価データの活かし方

はじめに:HRテックへの期待と360度評価データの位置

近年のビッグデータやAI(人工知能)といったデータ活用に関するトレンドの本質とは何だろうか。それは、物事のこれまで見えなかった関係が見えるようになったということである。何が売上や将来の収入といった「価値」につながるのか、何が故障や事故といった「損失」につながるのか、といった物事の潜在的な価値やリスクが見えるようになり、手を打つことができる可能性が開かれてきたわけである。人事においても、HRテックといったキーワードで同じ期待が語られている。どのような人が将来的に活躍するのか、どのような職場からイノベーションが生まれるのか等、これまで見えなかった兆候や新たな法則性を見出すことができるのではないかという期待である。

そのような見地から、360度評価データは現時点で有効に活用できるデータの最右翼であると言える。それはセンサーから得られるような何十万件、何百万件という件数のデータではないが、様々な角度からの分析に耐えうるものである。逆に、360度評価の側から言えば、360度評価といえばこれまで多くの場合、管理職研修へのインプットとして個人に気づきを与えるものにすぎなかったが、データ活用の視点から光を当てて、様々な活用を試みることで、人と組織についての新たな知識を生み出す格好の情報源として生まれ変わる。

 

1. 360度評価データから人と組織を洞察する例

1-1. 集合データとして扱うことが出発点

組織としてのデータ活用の出発点は、360度評価結果を個人別フィードバックレポートとして使うだけでなく、集合データとして扱い、様々な切り口で集計し、比較検討することとなる。
例えば、役職別に見ることで、発揮が期待されている能力が発揮されているか、といったことを確認できる。また、年齢層別に見ることで、例えば「30歳台の半ばで能力発揮はピークに達し、その後は低下していく」といった傾向が見えたりする。さらに、役職と年齢とを組み合わせてクロス集計してみることで、「上位等級に登用されるとさらに能力を伸ばしていくが、そのままの役職でいると年齢とともに低下していく」、といった傾向が見えたりする。このようにして見えてきた役職・年齢別の能力発揮の度合いが報酬水準と合致しているか、ということは、人事運用にとっての大関心事項になるだろう。
そしてその中から、様々な関係や法則性を見出し、統計的に検証することができる。例えば、「どのような人が高い業績を上げるのか」「どのような人が推薦を得て組織の中で登用されるのか」「組織別にどのような人材が求められるのか」「どのようなマネージャーが強い組織を作るのか」といったことを明らかにし、組織としての共通認識を形成することができる。

1-2. どのような人が高い業績を上げるのか

例えば、「どのような人が高い業績を上げるのか」ということを明らかにすることができる。営業組織において、対象者に業績ランクをつけて、業績ランクと、営業活動の様々な側面を評価する360度評価結果との関係を重回帰分析を用いて分析したところ、営業業績に直接関係するのは「購入可能性見極め」であることがわかったりする。そうであれば、「購入可能性見極め」が上手いとされている人がどのように購入可能性を見極めているのか、ということを深堀りし、その結果を横展開することで、最も効果的に組織としての営業力を底上げできる。

1-3. どのような人が登用されるのか

あるいは例えば、「どのような人が組織の中で登用されるのか」ということを明らかにすることができる。等級・役職毎に求められる人材像は、資格要件や昇格要件として記述されているが、実際にはどのような人が登用されているのか。そこで、「第一選抜者」にフラグを立てて、第一選抜者の特徴を分析すると、入社してから最初の大きな昇格である「係長」クラスへの昇格に効いているのは、単に仕事ができることよりも、「この人物は視座が高い」という評価であることが浮かび上がったりする。
このように、実際にどのような人材が登用されているのか、ということをデータで明らかにすることにより、キャリアのどの段階でどのようなことを意識したら良いのか、ということを具体的に示すことができる。それによって、人事運用上の大きな課題となりがちな、昇進・昇格をめぐる社員の不満を減らすこともできる。

1-4. 部門別に人材像がどう違うのか

あるいは例えば、「組織別にどのような人材が求められているのか」ということを明らかにすることができる。これまで漠然と、直接営業部門においては「企画力」が求められる一方、間接営業部門においては「調整力」が求められると考えられていたところ、実際に当該部門に配属されている人にフラグを立てて人材の特徴を分析してみると、直接営業部門で特徴的に発揮されるのは「交渉者」としての能力であり、間接営業部門で特徴的に発揮されるのは「代理店の応援団」としての能力であった、ということがわかったりする。商品の標準化や業務のシステム化に伴い人材像も変化していることがデータからも明らかになる。
このように、求められる人材像がデータによって客観的に明らかになることで、配属、異動や育成施策立案において、地に足のついた議論ができるようになる。

1-5. どのような管理職が強い組織を作るのか

あるいは例えば、「どのような管理職が強い組織を作るのか」ということを明らかにすることができる。社員意識調査のデータも用いて、社員が「自分が成長できている」と回答している部署の管理職の行動にはどのような特徴があるのか、ということを分析すると、「チーム全員でアイデアを出し合って困難な目標を達成した」時に社員は成長実感を得られるのであり、「育成の場」を設けたからといってそれがそのまま成長につながるとは限らない、ということが明らかになったりする。
一般論として良く指摘されるとおりの結論であっても、それがデータによって客観的に明らかになることで、社員の成長に向けて管理職が行うべきことをどのように方向づけるかということについて、はっきりとした根拠が与えられる。

 

2. データ活用の本質は分析よりも知識の創発

2-1. 組織運営のツボを言語化する

このような議論をする中で、その会社や組織固有の組織運営の「ツボ」が見出されてくる。それは、「顧客の見極め」「視座の高さ」等、一般的には何を意味しているかはっきりしないが、その組織の文脈の中でははっきりとした実感を持つ、独特の言葉で表現されるものであることが多い。データの意味の読み取りというのは、データを通じて自分達の実感を客観的に振り返り、概念化・言語化することでもある。360度評価データを通じて、そういった「概念化・言語化」に直接切り込むこともできる。
例えば、「チェーンストアにおいて店長が発揮すべき能力」を言語化し、活用することができる。そのステップとして、まずは現行の30項目の行動評価項目で店長の360度評価を行う。その結果に対して、30項目の相関を分析する因子分析を行ったところ、30項目は「人間関係維持力」「方針徹底力」「顧客満足への団結力」と名付けるべき3つの因子に集約できることがわかる。そして、それは店舗でリーダーシップが必要とされる3つの局面を見事に言い表しており、「これは人材配置・組織運営に使える」ということになる。「店長として必要な3要素のうち自分はどれが強くどれが弱いか。そして、弱みとなる要素については、誰をサブにすることで店舗運営に必要なリーダーシップを補完するか」という議論ができるようになる。
このように、360度評価データから、組織や人の特徴を捉える言葉そのものを、お仕着せの理論ではない自分たちの言葉として見出すことができる。
こうして見ると、360度評価データの活用とは、細部に分け入っていく「分析」というよりは、新しい知識の「創発」であることに気づく。個人一人一人の中に分け入っていく一方、個人一人一人を越えて組織全体を眺め渡すものであることに気づく。すなわち、360データを集合データとして活用する時、視野は、「組織全体としての知識の創発」へと向かっていくのである。

2-2. 組織の中での一人一人の位置付けを示す

そのような視野に立つと今度は、一人一人へのフィードバックの理念やコンセプトも変わってくる。かつての管理職研修における360度フィードバックとは、あくまでも個人についてのデータを個人にフィードバックするものであった。しかし、組織全体のデータに照らして一人一人のデータを提示することで、これまでとは異なるメッセージが一人一人に届けられることになる。
例えば、管理職全員の平均点と、ある管理職の値を照らし合わせることにより、その管理職に、組織の中での相対的な弱み/弱みをフィードバックすることができる。それにより、自身の他にも多くの優れた同僚達がいる中で、自身の特徴を活かす道を歩むとしたら、どのような方向が適しているか、というメッセージを伝えることができる。
組織・人事運営上最も大切なことは適材適所の配置であると言って良いが、適材適所というのは、周囲の人々の状況によっても異なるダイナミックなものである。360度評価データは、そのようなダイナミックな適材適所配置へのインプットになる。

2-3. データの量は本質ではない

ところで、360度評価は、多数の目で見た結果だから意義がある、ということは確かであるが、2、3名からの回答しか得られなかったらそれは有意義ではないのだろうか。極端な例として、自己評価の他に、他者からの評価としては1名にしか回答してもらえなかった、という例がある。この場合、たった一人にしか評価してもらえなかったが、自己評価と他者評価のパターン(項目による凸凹)がぴたりと合致していることが当人にとって驚きであり、自分の強み・弱みを、客観的な視点も入れて、十分に振り返ることができたのである。
実は、自己評価と他者評価のパターンの一致度合いというのは、評価者の人数が増えてもほとんど変わらないということが、私どもで過去事例を分析した結果わかっている。つまり、相対的にどこが強い/どこが弱いという「凸凹の形」は、評価者の人数に関わらず、客観的なデータとして受け入れるに値するのである。

2-4. データ活用の本質はデータ数よりも知識創発のマインド

360評価結果をフィードバックする時、「データから課題を発見しようとするよりは、他の人から見えている自分を虚心にイメージしてみてください」「それによって新たな自己の姿が見えてきた時、おのずから行動は変わります」と言っている。気づきのポイントは、枠を決めての「分析」ではなく、虚心にデータを見ることによる、新たな自己像の「創発」なのである。
ビッグデータ時代といっても、データ活用の本質はデータの件数ではない。むしろ、これまでの固定的な物事の見方やフレームワークを取り払って物事を虚心に見て、新しい物事の姿や関係性を発見していくマインドである。データは、それを活用しようとする者に、これまでの物事の見方や自己の殻を打ち破ることを求める。データは唯我独尊を打ち壊し、自身を含めた全てを物事の関わりの中に位置づける方向へと人を導く。それこそが、データ活用の真の意味であると言えるかもしれない。

 

3. 今後の360度評価の方向性

以上のようにデータ活用という見地から360度評価を見直した上で、今後の方向性を考えてみたい。

3-1. アンケートであることの本質的な意味を活かす

360度評価は人が回答する「アンケート」であり、あくまでも人手で回答した結果得られるデータである。今後は、人の動静や人と人の接触を把握するセンサーや、あるいはサーバー上のファイルへのアクセスやメール内容を解析するような、自動的に大量のデータが得られる本当の「ビッグデータ的」なものの活用に置き換わっていくのだろうか。これに関しては、アンケートであることには本質的な意味があると考える。顧客に対応したり、組織の中で影響力を発揮したりするためには、「人からどう見えるか」「人にどう受け止められているか」ということが本質的な情報だからである。

3-2. 評価者選定は自動化する

組織の状況を縱橫に浮かび上がらせるデータとして活用するためには、役員から一般社員まで、できるだけ広汎な社員を対象に360度評価を行うことが望ましい。ただし、そのために必要なことは運用の簡素化である。360度評価にいくらメリットがあるとしても、運営する側や参加する者に毎年多大な負担をかけるのでは、コストとメリットとを天秤にかけざるをえない。
360度評価の運用上、最も負担になるのは、誰が誰を評価するかという評価者リストの作成である。これは、組織図さえ実態に合ったものが整備されていれば、それほど複雑ではないプログラムを用いて組織図上近くの人から選んでいくことで自動化できる。自動的に評価者を選定することには、データの意味合いが客観的なものになるメリットもある。

3-3. (論点)評価項目を増やすか実施頻度を増やすか

評価項目を増やして情報量を増やすか、それとも減らして実施頻度を高めるか、ということも、今後の360度評価の論点となる。例えば、「日々の挨拶といった基本的な日常行動」「知識・スキル」「役割遂行状況」の評価など、様々な項目を盛り込むことで、物事の隠れた関係がさらに浮かび上がってくるかもしれないが、詳細な項目に回答できる人は限られてくるし負担も大きい。
逆に、項目をもっとシンプルなものにして、その代わり評価に参加する人を増やしたり、頻度を増やす、ということも一つの方向性である。「この人はチームになくてはならない貢献をしているか」「この人と一緒に今後も仕事をしたいか」といったシンプルな5、6問の項目であれば、四半期に一度くらいの頻度でも実施可能であろう。そうして、頻度を増やし、データとしての蓄積も増やしていくことで、誤差が少なくなり、評価の基礎情報としてもそのまま使えるものになっていく。

 

おわりに

360度評価の運用自体をどのようにしていくにせよ、今後、「業績データ」「社員意識調査データ」「適性検査データ」「ストレス診断データ」「残業時間データ」など、様々なデータと突き合わせた活用がなされていくことは間違いない。すなわち、本当のビッグデータが活用されるようになっても、360度評価データはそのデータネットワークの中核に位置するものとして期待されるのである。今からそのための備えをしておきたい。

 

南雲 道朋