2019-08-21
  • データ主導の人材開発・組織開発

目指すのはEU型会社かアジア型会社か

【グローバリゼーションのトリレンマ】

近年、グローバリゼーションが語られる時にしばしば引用される理論として、「トリレンマ」論というのがあります。グローバリゼーションが進む際に、「グローバル化」「国民国家の独立性」「民主主義」を3つとも満足させることはできず、どれか1つを犠牲にせざるをえないというものです(『グローバリゼーション・パラドクス』 ダニ・ロドリック 2011年)。

次のように読み替えると、この議論はそのまま、多部門運営や、社内の多様性への対応の議論にもあてはまります。

1.グローバル化 = 部門間連携
2.国民国家の独立性 = 部門経営の独立性
3.民主主義 = 社員の平等

すなわち、自社が、(通貨が統合され価値観も比較的均一な)EU型会社を目指すのか、(国によって通貨も言語も大きく違えば政治体制も社会も文化も違う)アジア型会社を目指すのか、はっきりさせる必要がある、ということです。

家計に例えて言えば、「仕事」「家庭」の2つの部門があった時に、次の3つを同時には実現できないので、

1.「仕事」と「家庭」を連携させる
2.「仕事」は仕事の価値観で、「家庭」は家庭の価値観で意思決定する
3.「仕事」のメンバーも、「家庭」のメンバーも平等に満足する

「仕事」と「家庭」を連携させるためには、

2.を犠牲にして、9時~5時の仕事で完結するような、労働法的にも正しい中庸のワークライフバランスを目指すか、
3.を犠牲にして、負担や皺寄せを誰かが負担するシステムにする

しかない、ということです。

あるいは、企業で言えば、例えば「開発部門」「サービス部門」「製造部門」「金融(財務)部門」があった時に、次の3つを同時には実現できないので、

1.部門間で積極的に人材交換、異動を行う
2.独立した部門経営を確保する
3.社員を共通の尺度で平等に処遇する

部門間で活発に人材交換・異動を行って相乗効果を生み出すのならば、

2.を犠牲にして、ジェネラリスト主導の経営にするか、
3.を犠牲にして、部門ごとに適した人材を集め、評価や処遇の内容も大きく変わるのを許容する

しかない、ということです。

 

【アジア的多様性の強み】

EU諸国が通貨も言語も文化も比較的均質であることは、「アジアの混沌」と対比させて、うらやましくも思えたりしますが、しかし、アジアの多様性は大変な強みになっているということは、今日の工業製品が、原材料から素材、部品、完成品に至るまでの間に、アジアの中でも最も適した国が選ばれてその国で付加価値がつけられる現実を通じて、日々感じられる通りです。

日本は道州制を目指すべきという議論も、日本の国内にあらためてアジア的な多様性の強みを作り出すという見地からとらえることができます。もし北海道が独自の通貨「北海道円」を用いるようになったとしたら、北海道では通貨価値が切り下がり、北海道の農産物は輸出競争力を高めるとともに、海外観光客にとっての魅力も高まり、北海道の強みが発揮できるのではないか、ということは指摘されます。

堀場製作所最高顧問の堀場雅夫氏も、次のように語っています。「僕が訴えたいのは地域主権。地域主権とは、たとえば北海道は農業が強いから日本にある農業の全知能を北海道に集めるという具合に、産業の拠点を地域それぞれに作ることだ。・・・対策を講じて欲しいのがそれぞれの地域にある国立大学を専門校にすることだ。・・・」(日経ビジネス2014.02.24号)

 

【低成長社会における知恵】

あえて価値を多元化する、ということは、これからの低成長社会における知恵である、と言えるかもしれません。江戸時代の「天下泰平」の源は、「農民」と「商人」の関係に端的に見られるような、「社会的諸価値の分散と相互の抑制均衡」にあることが指摘されています。すなわち、農民の倫理的価値が持ち上げられる一方、経済的地位が相対的に高い商人は貶められ、そのようにして、一箇所に権力、名誉、財産価値を集中しないようにすることで、ルサンチマン(強者に対する弱者の憎悪、怨恨)を抑制するとともに、格差の際限のない拡大も抑制されるわけです。(参照:丸山眞男講義録[第六冊])

「士・農・工・商」に倣って、「開発・サービス・製造・金融」ということを考えてみます。設計部門の人の関心は「概念」に、サービス部門の人の関心は「人」に、製造部門の人の関心は「モノ」に、金融部門の人の関心は「カネ」にあります。であれば、報酬の内容も(=昇格なのかカネなのか)、水準も、それを決める基準も、次のように、異なって良い筈です。ユーロのように通貨を統一しなくて良い筈です。

【士】開発部門: 腕一本のプロフェッショナル性、名誉
【農】サービス部門: 地域密着、人とのつながり、地縁性
【工】製造部門: ものづくりのグローバルな普遍性、報酬水準さえ問わなければどこへ行っても仕事ができること
【商】金融部門: 金銭的報酬

これからの低成長時代においては、価値基準=通貨をあえて一元化せず、「格差」を「違い」として捉えるための知恵が、人間のプライドと経済とを均衡させる道である気がしてなりません。そして、それこそがアジア的な知恵になるのかもしれません。

 

南雲 道朋