• データ主導の人材開発・組織開発

【第2回】データが促す人材開発と組織開発の一体化

『企業と人材』誌(産労総合研究所発行)に、2019年7月号から2020年6月号までの予定で『人材開発部門のデータ活用』を連載しています。誌面だと小さくなる図表を改めて掲載する他、誌面には掲載しきれない参考文献や参考情報を当ウェブサイトにて紹介します(毎月5日の発行日に合わせて公開)。連載本文PDF

 

【図1】 ITが人材開発と組織開発を物理的に統合

 

【図2】 社員意識調査と多面評価が2つの柱


【人材開発と組織開発の関係について】

今回は、人材開発と組織開発の一体化について議論しています。人材開発と組織開発の関係、線引きの難しさについては、立教大学経営学部の中原淳教授が、論文およびご自身のブログ等で議論されていますので、以下紹介します。

中原淳 『HRDとOD ; 日本労働研究雑誌 2015年4月号(No.657) 』

中原淳 『組織開発と人材開発の「違い」とは何か?:「実践の不純さ」と「学問の先進性」!? 』

また中原先生は、組織開発の様々な分類と、その分類の線引きの難しさについても、議論されています。

中原淳 『4つの異なる「組織開発」:人を集めても、なかなか”組織”としてまとまらない社会に生まれたもの』

そして続けて、組織開発には「診断型組織開発」と「対話型組織開発」があり、「診断型組織開発」はサーベイフィードバックに基づく組織開発とされていますが、結局のところ、効果的なフィードバックのためには「対話型組織開発」の要素も含まざるをえず、「診断型組織開発」と「対話型組織開発」との線引きにはあまり意味がない、ということも論じておられます。

中原淳 『「現場の変革」を導く「組織調査」はいかに行われるべきなのか?:組織のなかの「対話のデザイン」!? 』

さらに、次のような指摘もされていて、それは弊連載ともおおいに関係するところです。

中原淳 『この世には「やりっぱなしの組織調査」があふれている!?:現場に1ミリの変革も生み出さない「残念な組織開発」』

(2020/1/22追記)そして中原先生は、組織開発の歴史と現状を振り返った次の大著において、「組織開発側からすれば、人材開発はその構成要素の1つであり、人材開発の側から見れば、組織開発もその構成要素の1つということになります。」「本書を編み上げた今、その過程を振り返ってみると、私たちの眼前には「組織開発と人材開発の統合」という新たなモティーフが浮かび上がってきました。」と述べられています。

中原淳、中村和彦 『組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす』

(2020/1/23追記)上記の著者の一人でもある中村先生による次の書籍は、「これまで「人材開発室」という名称だった部署を、「人材・組織開発室」または「組織・人材開発室」という名称に変更して、HRDからODにその機能を広げようとしている企業」が見られる旨紹介するとともに、組織開発機能をどの部門を担うことが妥当か、ということについて議論を行っています。

中村和彦 『入門 組織開発 活き活きと働ける職場をつくる』


【データを用いる人材開発・組織開発の優れた事例:Google社のピープルオペレーション】

調査データを中心とするデータを積極的に用いることにより、人材開発・組織開発を効果的に進めている企業として、Google社が有名です。やや特殊な業界及びポジショニングにあるように感じられる同社ですが、同社の経営陣や元人事担当役員は、同社の取り組み内容を、プロセスを追体験できるような形で積極的に公開しており、その取り組みやメカニズムを自社に引き寄せて考えることができるため、大変に参考になります。特に、元人事担当役員がGoogle社での取り組みをその経緯も含めて紹介した次は参考になるものです。

ラズロ・ボック 『ワーク・ルールズ!―君の生き方とリーダーシップを変える』

上記で触れられている取り組みの中から特に、社員意識調査と多面評価を組み合わせたマネジメント改善を中心にまとめられたものが次のものです。

デイビッドA.ガービン 『グーグルは組織をデータで変える』 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文

またGoogle社は、データ主導の人材開発・組織開発に関連する、自社や他社の先進的な取り組みを継続的に紹介するウェブサイトを設けており、英語ではありますが、こちらも注目されるべきものでしょう。

re:Work


【学習する組織について】

また今回は、「学習する組織」の概念が、人材開発と組織開発を統合する概念であることにも触れています。「学習する組織」の概念は、人と組織のあるべき姿のイメージを喚起する、非常に強力かつ有用な概念です。その一方で、正確にどのように定義されるのか、その概念はどのように発展してきたのか、といったことについては、曖昧さがあります。

もともとは、組織開発の創始者の一人としても知られるクリス・アージリスとドナルド・ショーンとの共同研究による、「組織学習(Organization Learning)」に関する1970年台から1990年台にかけての一連の論文や著書に出発点があると言われます。特に、それらの著作の中で提唱されている「ダブルループ・ラーニング」の概念は、組織学習のメカニズムを表すものとしてよく知られています。

一方、「学習する組織(Learning Organization)」概念の直接の火付け役となり、今でも「学習する組織」の原典と見なされているのは、ピーター・センゲが1990年に著した、『The Fifth Discipline』(邦題『最強組織の法則』)であると言ってよいと思います。ただし、ピーター・センゲの著作は、題名にもなっている「第5の原則」が「システムダイナミクス」という具体的な手法を伴った「システム思考」であることからわかるように、(かつて「成長の限界」を導き出すシミュレーションツールとして知られた)システムダイナミクスの考え方を再度取り上げて広めるという、特別な狙いを持っているように感じられます。

(余談ですが、『The Fifth Discipline』は中国で爆発的にヒットしたことが知られていますが、これは、「正しいことが良い結果を生むとは限らない」というシステム思考の世界観が、イデオロギーに直接依拠する行動改革運動の辛酸を舐めてきた中国の知識人の琴線に触れたのではないかと私は解釈しています。)

(2020/6/02追記)社員意識調査や多面評価がなぜセンゲの言う「学習する組織」の開発につながるのか、ということは、「学習する組織」の5つの要素のうち、「自己マスタリー」「共有ヴィジョン」「メンタルモデル」「チーム学習」の4つの要素の強化が、自社独自のMission/Vision/Valueに基づく調査とそのフィードバックミーティングを繰り返すことで促進されるからだ、と違和感なく考えることができます。

ピーター・M・センゲ 『学習する組織 ― システム思考で未来を創造する』

なお、Google社の組織運営を、「学習する組織」の取り組み事例と見做すことができます。次のNewsPicksインタビュー記事は、日本語版表題に反して原文では「学習する組織」という言葉は用いられていませんが、日本語版表題はイメージとしては合っていると思います。

【新】エリック・シュミットが語る「学習する組織」Googleの秘密


【組織のトランザクティブ・メモリーを増す多面評価】

(2020/06/02追記)個人に対するフィードバック施策である多面評価は、第一義的には人材開発施策ですが、それはそのまま、組織開発施策にもなることは明らかです。多くの場合、多面評価が定着している組織は、組織として活力が高い、と感じられます。それは、多面評価を通じて、メンバー間のコミュニケーションの質を深くしたり、お互いに育成しあう文化を醸成したりすることを通じてもたらされることは明らかですが、多面評価を通じて、「誰が何をできるのかお互いに知っている」集合知を意味する「トランザクティブ・メモリー」の総量が増すからだ、という理論づけもできます。「トランザクティブ・メモリー」が組織のパフォーマンスに強い影響を及ぼすことが、近年の経営学の中で明らかにされていると言います。トランザクティブ・メモリーについては、次において紹介されています。

入山章栄 『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』

入山章栄 『世界標準の経営理論』

拙稿(コラム) 『多面評価によるお互いの能力の棚卸 - 組織力を高めるために』


【人材開発と組織開発の統合を促すIT基盤について】

また今回は、IT基盤が人材開発と組織開発を物理的に統合しつつある、ということについても述べています。協働がリアルタイム化されることで、個人がボールを抱え込むことができなくなり、「個人レベル」と「組織レベル」の壁が崩れるためですが、そのような仕事のIT基盤としては、大きく次の3種類を想定しています。

>「コミュニケーションツール(SlackやChatwork等)」
>「タスク/プロジェクト管理ツール(RedmineやTrello等)」
>「成果物管理ツール(WikiやGitHub等)」

3種類に分けましたが、そのような分類方法が一般的に確立しているわけではなく、上記3つのうち2つ以上を統合したツールもありますし、人材開発専門家にはお馴染みの「学習管理システム(LMS = Leaninrg Management System)」も、目的を絞って協働をリアルタイム化する仕事のIT基盤と言うことができるかもしれません。特に、コミュニケーションツール(Slack)を使った協働のリアルタイム化については、周辺ツールと連動させた使い方も含め、様々な提案がなされています。

野澤秀仁 『Slackで簡単に「日報」ならぬ「分報」をチームで実現する3ステップ』
Yoshimasa Iwase 『マネージャーから見たSlack分報の価値』
Yoshimasa Iwase 『プロダクトオーナーから見たSlack分報の価値』
Yoshimasa Iwase 『後から気づいたSlackでの分報がもたらすメリット』
部門と世代の壁を取り払え!(SlackとTrelloの連動について)
Redmineをしっかり活用してチーム運用改善したら、チーム力がグンと上がった話

上記の3分類の中で「コミュニケーションツール(SlackやChatwork等)」は一般企業でも普及しつつあるものの、やはり、こういった仕事のIT基盤の活用は、IT業界においてとりわけ進んでいると言えます。特に注目したいのが、「成果物管理ツール」に分類される、GitHubというソフトウェア開発のプラットフォームです。全世界の不特定多数の開発者が365日24時間協働しながら巨大なソフトウェアを矛盾なく進化させていくための仕組みで、凄まじいスピードのITの進化を支える、圧倒的な生産性が実証された仕組みと言えるものです。組織の成長も人の成長も促すものであるため、先進的なエンジニアの間では、その企業がGitHubを使っているかどうかが転職の際のチェックポイントになっているとも言われます。ソフトウェア開発という特殊な分野のツールではありますが、「大企業を中心とした規格に従ったサプライチェーンシステム」とも「学会の論文査読システム」とも「出版市場を通じた選別システム」とも異なる、21世紀の知的資産創出システムとして、人材開発・組織開発に関わる人はイメージを頭に入れておくべきと思います。

池田尚史、藤倉和明、井上史彰 『チーム開発実践入門──共同作業を円滑に行うツール・メソッド』
大塚弘記 『GitHub実践入門──Pull Requestによる開発の変革』