2025年に入った。我々の行動データがクラウドプラットフォームの上に集約され、活用されるビッグデータ時代に入ったと思ったら、そこへさらに”AIくん”が登場し、我々に行為を促し、さらには我々の行為を代行する存在(エージェント)になりつつあることに、我々はたじろいでいる。
本サイトは360度評価を一つの専門領域として扱っている。360度評価は情報収集のために人手をかける仕組みである。”AIくん”が何でもやってくれるようになったら360度評価のような仕組みは要らなくなるのではないか?360度はオワコンになるのではないか?
いやそうはならない。AI時代だからこそ、360度評価の意味が高まる。人手をかける…それがよいのだ。なぜか…それによって、組織が参加型の組織になるからである。生き生きとした組織は必ず参加型の組織である。360度評価のプロセスとは組織運営を参加型にするためのプロセスであり、すなわち組織開発のプロセスなのだ。そのようなプロセスによって強化された組織は、”AIくん”を”ビッグブラザー”に据えた組織とはモノが違う筈だ。
そのことに焦点を当てると、360度評価の意味づけ、施策として力を入れるべきポイントや、施策の効果性評価のためにモニターすべき指標も変わってくる。そして、施策強化の方向性が見えてくる。本稿の最後ではそのガイドラインまで示したい。
まず360度評価の背景を振り返る。伝統的に、評価とは直属の上司が行うものであり、上司の評価コメントこそが人事にあたっての最重要情報でもあった。だが上司による評価は、組織構造や指揮命令系統が明確な場合には機能するが、組織のフラット化が進みプロジェクト型組織が増加する中では、評価の正確性や公平性に疑問が生じやすくなる。
そこで、評価者を複数人に分散させ多面的に対象者を評価する360度評価が用いられるようになり、普及してきた。しかし、評価者を分散させることで評価負担は全体として大きくなるし、評価結果をその妥当性や意味合いとともに解釈し、活用し、対象者や組織にフィードバックする難易度も高くなる。そのプロセス全体を運営する事務局の負担も重くなる。
さて一方では、仕事のプラットフォーム上に一人ひとりの成果も、成果へのプロセスも、直接成果に関わらないコミュニケーションの状況も、全てデータとして記録されるようになった。そこにAIが加わり、プラットフォームに刻まれたデータをAIで解析すれば、豊富で正確で使いやすい人材情報が自動で得られそうな状況となった。成果物のファイルやメール履歴のみならず、Webミーティングの映像ですら直ちに分析可能であり、そこから評価も自動でできるし、質の高い人材情報も得られるだろう。一人ひとりへのアドバイスすら導き出せるだろう。
そこでは、評価者の主観や感情や忖度によって評価がブレることもなく、欲しい時に欲しい評価が得られる。それこそが評価の究極の形になるのではないか?現在2025年に入ったところだが、それが可能になるまでに5年はかからないだろう。360度評価はその時代までの過渡的な仕組みなのではないか?
いやそうではない。360度評価は、最終的な「評価結果」に意味があるのみならず、皆が参加して人手をかけて評価情報を集めるプロセスそのものに意味があるからだ。組織開発のためにあえて皆で行うものだからだ。
3つの視点から考えることができる。
組織メンバーが360度評価に評価者として参加することは、組織メンバーの視点を一段上に押し上げる。“組織の視点”に立ってもらう機会となる。評価の場でメンバーが行うべきことは愚痴の表明ではない。被評価者に本来どのようなことが期待されているのか、評価基準を前に対等の立場で被評価者と向き合うのだ。”相手の置かれた立場や責任”について考えることになるとともに、”もし自分だったら”と考えることにもつながる。”評価をAIに任せる”のでは、このような機会は得られない。
360度評価を受けることは、被評価者の自己認識の視点を広げる。”自分は他者から見てどのように見えるのか”ということについての想像力を高める。すなわち、“自身についての認知”すなわち”メタ認知力”を高める。自身を取り巻く多くの視点に立ってみることで、 “自己のイメージ”が立体的なものになる。”ブラックボックスなAIによる御託宣”ではそうはならない。
お互いの関係性の再認識につながる。関係の中には、職務上の関係も、役割上の関係も、あるいは同じ職場で働く人間どうしとしての関係も含まれる。人が人を評価しあうプロセスは、ときに煩雑さや感情的な要素を伴うが、その過程で得られる「承認」「建設的な意見交換」「相互理解の深化」を通じて、相互理解とコミュニケーションの質が深まる。評価の場は”関係性を深める場”となる。関係とは組織であるから、組織が、”組織についての認知”すなわち”メタ認知”を高め、組織を強靭なものにすることにもつながる。(だから、評価結果については被評価者へのフィードバックだけでなく、組織へのフィードバックも期待される。)これが”AIにより自動化された評価プロセス”になると、そのような”関係性を深める場”としての評価の機能は失われる。
なお、単に正確で妥当な評価をするだけであればAIに歩があるのかどうか、ということについても留保をつけておくべきだろう。AIによる評価結果に基づいて人選をしていったら最高のリーダーが生まれるのか、ということだ。”人間と人間”、”人間と社会”、”経済と人間”の間には”機微”がある。僅かなタイミング、気配、運、といったものが人をリーダーに押し上げたり、押し上げなかったりする。AIは間違った判断はしないかもしれないが、未来を拓くプラスアルファの判断はしないだろう。将来のリーダーを生み出しはしないだろう。リーダーを生み出すプロセスには組織メンバーが主体的に関わっていく必要が、おそらく未来永劫、ある。
以上論じたように、360度評価には、あえて多くの人が参加することでしか得られない価値がある。”妥当で納得感のある評価結果が得られる”こととともに、そのためのプロセス自体が組織開発のプロセスとして重要なのだ。そうすると、360度評価施策の有効性を評価するためには、”プロセス自体の良し悪し”を評価することが重要になる。 “いかに多くの組織メンバーが、真剣にプロセスに参加し、意義あるやりとりが行われ、組織の強化につながったか” を多角的に測定・評価する必要があるのである。そのための指標は次のようなものになる。
まず、従業員の中で、どれだけの人が360度評価のプロセス=組織開発のプロセスに参加したか。全従業員の参加をいきなり目指す必要はないが、施策の意味と評価項目の意味を理解し、責任をもって回答できる層はできるだけ巻き込む。← 適した人が適した人を評価できるように回答者選定を行う。”評価者選定プロセス・選定ロジック・選定プログラム”がポイント。
単に”何人に回答依頼してそのうち何人が回答したか”、だけでなく、設問単位まで分解した上で、”回答依頼数×設問数”の総数の中で”実質的な回答”がなされた割合を把握する。回答に参加しても”わかりません”という回答であればカウントしない。設問によって”わかりません”の比率が極度に高くないかどうかにも注意。← 先述した “評価者選定プロセス・選定ロジック・選定プログラム”の良し悪しがここに現れる。
一評価あたりの文字数を指標として回答量を把握。文字数は回答者の熱意や回答の質と相関する。← 文字数のカウントと集計は容易だが、”わかりません””特になし”といった無意味な回答は除いて集計することが望ましい。ここでAIによるコメントチェックが活躍する。
自由記述回答の質そのものを評価し、定量化する。ポジティブ要素とネガティブ要素のバランスがとれているか、記述が具体的か、受け手の感情に配慮されているかなど。← ここでAIが大活躍する。
ムダな回答負担は極力減らす必要がある。適切な設問量、回答者選定とともに、回答負担に配慮した回答画面(UI(ユーザインターフェース))が、回答負担を大きく軽減する。回答にどれだけの時間を要したか、測定・集計する必要まではないが、ムダな動きを強いていないか、評価そのものに集中できるか、評価判断を助けるか、一人あたりの回答に実際にどれくらいの時間を要するか、回答者目線で評価し、見積っておくことが望ましい。← 回答システムの選定が重要になる。
結果に納得感があったか、腹落ちしたか、アンケートで把握する。← フィードバックレポートの中で、強み/弱みが的確に分析され、わかりやすく提示されることが、腹落ちの大きな要因となる。強み/弱みの分析を正しいアルゴリズムで行い、わかりやすく提示することが重要。AIを用いた要約・診断やアドバイスも有用。
結果の腹落ち度は、”自他認識の一致度”、そして”経年で見た時に一致度が高まっているか”に現れる。← 単に評価の高低(甘辛度合い)が一致しているかでなく、強み/弱みの特徴の認識が自他で合致しているか、正しいアルゴリズムで把握する必要がある。
腹落ちしても、打ちのめされたのではだめで、動機づけられたことが重要。施策の事後評価アンケートで把握する。← 結果のポジティブな解釈と今後の方向づけのためにAIが使える。また、自由記述回答の質の確保も重要で、単に相手を傷つけるような有害コメントはチェックして除く。そこでもAIが活躍する。もちろん、その上で、上司や周囲からのフォローアップが決定的に重要であり、その機会を施策の中に組み込む。
そして、具体的な行動変化に踏み出したか、ということが問われる。施策の事後評価アンケートで把握。← 行動変化は、まず周囲に対してフィードバックをもらったことについての感謝を表明することから始まる。そのことに着目し、被評価者が評価者に感謝を伝える仕組みを組み込んだシステムもある。
360度をきっかけとして上司・部下・同僚の間でインタラクティブな対話がなされたか。← 前述のように感謝表明のきっかけを仕組みとして提供するほか、中間面談など上司部下面談の仕組みの中に360度フィードバックを組み込んで、対話機会を保証することも一つの方法である。
「自由に意見や批判を言える雰囲気があるか」「正直な気持ちを伝えても不利益がないと思えるか」・・・ES(従業員サーベイ)でモニターしよう。360度の評価項目として組み込んでしまってもよい。← ESと360度は一体的に扱おう。
「一人ひとりの強み/弱みがチームとして活かされているか」・・・これもES(従業員サーベイ)でモニターしよう。これも360度の評価項目として組み込んでしまってもよい。← 経営・人事・部門長・HRBP向けには、このための有効な資料を提供できる。主要な能力軸の中に一人ひとりをマッピングして相対的な特徴を把握しやすくする”人材マップ”というものがそれである。被評価者一人ひとり向けには、フィードバックレポートの中に相手に応じた対応方法についてのアドバイスを組み込むこともできる。AIを使って個別カスタマイズされたアドバイスも生成できる。
以上おわかりいただけるように、 “AIくん”は360度評価の”アシスタント”として大活躍する。”AIくん”には、”ビッグブラザー”ではなく”アシスタント”として活躍してもらいたい。(具体的なデータ作成例や、その過程でAIをどう使うのかといったことについては、お問い合わせいただきたい。)