• データ主導の人材開発・組織開発

人事の二律背反をいかに解決するか - 社員の分け方

【人事の課題は二律背反の解決】

人事の課題は常に、「二律背反をいかに解決するか」ということにあります。

例えば、

  • 社員の能力をグローバル競争ができるレベルに高める一方で、人件費を抑えたい
  • 次世代経営リーダーを早期選抜・育成する一方で、社員の一体感を高めチームワークを活性化したい

等、二律背反する要請を一つの組織の制度の中で成り立たせなければなりません。

普通に考えれば、言うまでもなく、

  • 社員の能力をグローバル競争ができるレベルに高めようと思えば、優秀人材を採用して引き留めるために、人件費も上がり、
  • 次世代経営リーダーを早くから選抜・育成しようと思えば、差をつける人事を目指すことになり、社員の一体感やチームワークは犠牲になり、

二律背反を前に、思い切った人事施策が打てません。

論理的にはっきりしていることは、「社員を最初から分けて扱うことにすれば二律背反は解消する」ということです。たとえば、グローバル社員とローカル社員とに分けて、採用もキャリアパスも違うものとして、グローバル社員にはグローバル競争できる能力開発を求め、ローカル社員にはチームワークを求める、ということです。

 

【社員をどのように分けるか】

では社員をどのように分けるのが合理的でしょうか。

  • グローバル社員とローカル社員に分ける。

これは一つのわかりやすい方向性です。しかしこの場合、経営・企画と現場とが分断されてしまうのではないか、現場力を経営の中に取り込むことが難しくなるのではないか、という懸念が避けられません。

もう一つの分け方があります。ビジネスをレイヤー(システムの層)別に「水平分業」する発想から出てくる分け方です。人事管理に馴染む用語としては、職能分野別という言葉が近いかと思います。

  • 次のようにレイヤー/職能分野別に分ける。
    • 顧客に個別の商品提案をする人 (営業・マーケティング)
    • 基本的なサービスを提供する人 (サービス・コールセンター)
    • サービス提供のシステムを構築・維持する人 (業務・アプリケーション)
    • 部品・要素技術を開発したり、調達したりする人 (研究開発)
    • IT基盤や設備などのインフラを構築・維持する人 (インフラ)
    • 必要な資金を調達する人 (財務)
    • 上の全ての「レイヤー」を束ねる経営をする人 (経営)

各レイヤー/職能分野は、異なる専門知識・行動特性・価値観によって特徴づけられ、各レイヤーは固有の価値観を持っており、かつその価値観は他のレイヤーの価値観としばしばバッティングします。例えば、「顧客に提案する人」はできるだけ個々の顧客の個々の要求に合わせようとしますが、「システムを構築する人」は顧客の要求をそのまま受け止めず、抽象化・一般化して全体の効率を高めようとします。それが、各レイヤー/職能分野を人材プールとして分ける理由となります。そして、レイヤー/職能分野ごとに固有の人材市場がグローバルに出来上がり、人材マネジメントも各レイヤー/職能分野ごとに行われるようになることが予想されるのです。

そしてレイヤー/職能分野によっては、例えば、要素技術開発やインフラのレイヤー/職能分野などは、まるごと外部にアウトソースしてしまう発想に至る可能性も高いでしょう。グループ企業であれば、事業会社別に個々に設けられていたサービス部門やコールセンターを一つの法人に集める、という発想になる可能性が高いでしょう。

 

【水平分業はあらゆる業界に】

レイヤー/職能分野毎に異なった人材市場ができ、異なった人材マネジメントが行われるようになる、という考え方は、インフラのレイヤーがクラウドに移行しつつあるIT業界や、EMS(受託製造サービス)の進展で製造レイヤーが切り離されつつある製造業に馴染む考え方のように思われますが、あらゆる業界で進行しつつあると言ってよいと思われます。

例えば航空業界では、次のようなレイヤーすなわち職能分野別に、水平分業とグローバルな集約が進み、アウトソーシングも進み、そのことが数多くのLCC(格安航空会社)誕生の背景となったことは衆知の通りです。

  • マーケティング
  • オペレーション
  • 機体整備
  • 乗務員教育
  • 機材調達

あるいは規制の中で旧来の慣行が残りがちな金融分野でも、これまでの保険・証券・預金といった金融商品分野別の垣根の代わりに、次のようなレイヤー/職能分野別の水平分業の考え方で業界が再編されていくべきことが久しく提案されています。(例えば、大垣尚司『金融アンバンドリング戦略』

  • 販売・オリジネーション (営業)
  • サービシング (サービス)
  • マニュファクチャリング (商品開発)
  • リスク管理・資金調達 (バックオフィス)

 

【変化のきっかけは何か】

このようなレイヤー/職能分野別に人材市場ができ、人材マネジメントがなされる社会は、一種の職能ギルド社会と言えます。最終的に、企業の垣根を超えて、グローバルにつながった職能ギルドが個人のアイデンティティの源になるのかもしれません。

しかし、なかなかこの方向に、伝統的な日本企業の人事は向かっていきません。それは何故なのでしょうか。次のような理由が考えられます。

  • 外部人材市場が十分発達していない。
  • 言語の壁があるためグローバルに同業者とつながりにくい。
  • 企業別社会が社会の単位として根付いており、職能分野別の社会は、これまでの企業単位での同質集団としてのまとまりや、ひいては日本社会のまとまりを大きく打ち崩すことになることが予感されている。
  • 職能ギルド的な社会においては、レイヤー(職能分野)毎に報酬水準が定まり、しかもレイヤー間の格差は拡大することが想定される。

しかし、個別企業の枠の中では、二律背反の要請の板挟みの中で人材能力の思い切った活用ができず、個人としてもキャリアが見えず、日本企業社会の閉塞感が増していくように感じられます。

私は変化のきっかけになるのは、経営職を専門職化してしまうことではないかと考えています。専門職化して、20歳代から経営職の育成を始めるのです。経営者適性を持つ人材は、早い段階で「経営職コース」に乗せてしまうのです。もちろん経営職コースへの参入戦に敗者復活はあってかまいませんが、いずれにしても、早い段階で、経営人材を選抜してしまうのです。キャリアの後期まで選抜時期を引っ張って期待を持たせるということはしません。そうなると、経営職コースを選ばなかった、あるいは選ばれなかった人は、専門性に基づくプロフェッショナルとしてキャリア設計をするようになるのではないでしょうか。

その端緒となる事例はないか・・・村田製作所では、「経営陣から権限委譲を受け、意思決定する専門の人材」を100人以上、早期育成し、各現場に配置していると言います(日経ビジネス2014/07/07号)。意思決定権限を委譲された専門人材は、「20代後半から30代後半までの主任や係長といった非管理職」とのことですが、経営を専門職化する事例として捉えることができるように思います。

このようなところから日本の企業社会は変わっていくのではないかと考えています。

 

南雲 道朋