• データ主導の人材開発・組織開発

【第4回】調査設計の基本1(ディメンションの設計)

『企業と人材』誌(産労総合研究所発行)に、2019年7月号から2020年6月号までの予定で『人材開発部門のデータ活用』を連載しています。誌面だと小さくなる図表を改めて掲載する他、誌面には掲載しきれない参考文献や参考情報を当ウェブサイトにて紹介します(毎月5日の発行日に合わせて公開)。連載本文PDF

 

【図1】 ディメンションの雛形と企業の特徴反映

 

【図2】 ディメンションの設問項目への落とし込み


【組織モデルを参照する】

今回は、調査項目=設問項目をいかに体系化するかということについて述べています。

ここで本来参照したいのが「組織モデル」です。組織モデルとは、組織がどのような要素から成り立ち、要素と要素がどのように関係しあって、組織の最終目的の達成に至るのかというメカニズムを明らかにするものです。自社のマネジメントが準拠する組織モデルがあれば、その要素を測定し、あるべき姿とのギャップ(=問題)があればそれを是正することで、組織目的達成を図ることができる筈です。

 

◆組織開発分野で伝統的によく参照される組織モデルとして、ナドラー/タッシュマン(Nadler/Tushman)が提唱した、コングルーエンス・モデル(Congruence Model)というものがあります。それは、「組織とは、インプット(①環境/②資源/③歴史)をアウトプット(④組織目標達成/⑤資源の開発/⑥業界ポジション)に変換するプロセス(⑦戦略/⑧仕事/⑨人/⑩公式組織/⑪非公式組織)である」というものです。すなわち、組織を11個の要素で表現しています。(検索するとすぐに多くの画像を見出すことができます。)

イノベーションがどこにマップ化されるのか定かでない、といった現代的な視点からの批判的議論もあるものの、説得力あるモデルであり、このモデルに基づいて調査項目を分類・体系化する、ということも一つの方法です。このモデルについては、提唱者による次の書籍の中で「組織行動の整合性モデル」として解説がなされています。

デーヴィッド・A. ナドラー、マイケル・L. タッシュマン 『競争優位の組織設計』

 

(2020/2/15追記)もう一つよく参照される組織モデルとして、Burke-Litwinモデルというものがあります。提唱者である組織開発の大家バークによる次の組織開発の教科書において、組織開発で用いられてきた有力なモデルが上記ナドラー/タッシュマンのコングルエンスモデルを含めて一通り紹介された上で、自身の提唱するBurke-Litwinモデルについて詳述されています。

W. Warner Burke, Debra A. Noumair 『Organization Development: A Process of Learning and Changing』

このBurke-Litwinモデルは、コングルーエンス・モデルをさらに精緻化した趣のもので、次の12個の要素の間の因果関係の矢印によって表現されます。(こちらも、検索するとすぐに多くの画像を見出すことができます。)このモデルにも、例えばテクノロジーの活用が表現されていないといった限界があることをバークは認めています。

  1. 外部環境(External Environment)
  2. ミッションと戦略(Mission and Strategy)
  3. リーダーシップ(Leadership)
  4. 組織文化(Culture)
  5. 組織構造(Structure)
  6. マネジメント慣行(Management Practices)
  7. システム(Systems)
  8. 雰囲気(Climate)
  9. タスク要件と個人のスキル/能力(Task Requirements and Individual Skills/Abilities)
  10. 個人のニーズと価値観(Individual Needs and Values)
  11. モチベーション(Motivation)
  12. 個人及び組織のパフォーマンス(Individual and Organizational Performance)

 

(2020/1/24追記)分権化されタテとヨコの風通しの良い理想的な組織の姿と、その実現への道筋を、実証科学的な経営管理論として確立しようとした偉大な学者であり、サーベイ・フィードバックの創始者ともされているレンシス・リッカートは、次の古典的な著作の中で、今でも十分に参考になる設問項目/尺度を「組織体特性のプロフィール」として展開しています。「(理想的な組織である)システム4を目指す企業で具体的に展開される原理と方法は、次の項目の中で詳細に議論されるべき」として、次の10項目を挙げています。

  1. リーダーシップ
  2. 組織構造
  3. 意思決定
  4. 目標設定
  5. 統制過程
  6. 給与
  7. 対立と葛藤の生産的活用と管理
  8. 技術革新と創造性の育成
  9. 訓練と能力開発
  10. 開発途上国における行政管理の改善

R.リッカート(著)、三隅二不二(訳) 『組織の行動科学―ヒューマン・オーガニゼーションの管理と価値』 1968年


【組織モデルの起源に遡る】

◆さて、経営学の歴史を遡ると、全ての組織モデルは、組織論の始祖とされるチェスター・バーナードが1938年に著した、『経営者の役割』にまで遡ることができると言われます。

C.I.バーナード 『経営者の役割』

バーナードの組織論は、組織を「意識的に調整された2人またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステム」と広く定義した上で、組織の要素を「共通目的」「コミュニケーション」「協働意欲」の3つに整理するものです。マクロ(組織全体)の視点とミクロ(個人)の視点を絶妙なバランスで統合し、経営管理者の役割がいかに高潔なものでありうるかということにも気づかせる、マネジメントの「クオリア(味わい)」を表現しているとさえ言える味わい深い論ですが、ビジネスや社会科学の書というよりは哲学書のような記述の仕方が難解で、また、具体的な測定項目へのブレークダウンまではなされていません。

 

◆私自身、次の書籍にてバーナードの組織論を骨格として借用し、IT基盤を前提とする組織マネジメントの論点の体系化を試みたことがあり、そこでは、次のように項目立てを行っています。(測定項目/尺度へのブレークダウンまでは行っていません。)

<共通目的>
マーケティングの意思
イノベーションの意思

<コミュニケーション>
公式組織
・組織構造(ネットワーク組織)
・目標管理の連鎖・ネットワーク
・縦横のリーダーシップ
非公式組織
・価値観・行動規範
・共通の仕事の進め方・メソドロジー
・共通のヴィジョン、ロードマップ、アジェンダ
・正しい行動(法令等遵守)の保証

<協働意欲>
組織と個人
・社内外労働市場の形成と活用
・報酬(多様性、人材流動性、グローバル化に対応できるもの)
・能力開発(能力を活用する能力に重き)
環境と組織
・人材開発(自己とビジネスの成長実感)

南雲道朋 『多元的ネットワーク社会の組織と人事』

 

◆このバーナードの組織論を換骨奪胎して1980年代に蘇らせ、世界的なベストセラーとしたと言える書籍に、次があります。

トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン 『エクセレント・カンパニー』

この本は、所謂「マッキンゼーの7S(Strategy, Structure, System, Shared Value, Skill, Staff, Style)」と呼ばれる有名なフレームワークを紹介した本としても知られています。戦略コンサルタントが優良企業の共通要素をお手軽な語呂合わせのフレームワークの中にまとめただけの本として受け取られていた節もあったように思いますが、実際には、組織論の最先端の論者や議論を時間と費用をかけて渉猟し、議論を重ねた結果の労作であることが、著者らによって振り返られています。この本の中で、チェスター・バーナードへの言及は、数えてみたところ25箇所に及んでおり、「チェスター・バーナードが一九三八年に出した『経営者の機能』は、おそらく経営理論として完全なもの、と呼ぶに値しよう」とすら述べられています。

確かに、7Sフレームワークは、バーナードの組織論と同様、マクロ(組織全体)の視点とミクロ(個人)の視点をバランス良く含む包括的なフレームワークとなっています。一方、7Sフレームワークにおいては7つの要素全ての間に影響力を表す線が引かれており、すなわち逆に言えば、7つの要素の相互関係/構造についてはほとんど語られていません。よって、組織モデルというよりも、相互に独立した評価軸=ディメンションとして見る方が妥当です。そしてディメンションとして見ると、本連載で提案している、「組織を評価する万能のディメンションの雛形」とも整合性があります。(その中に位置づけることもできます。例えばSkillであれば、「新しいテクノロジーを修得しているか」と読み込むのです。)7Sフレームワークを組織評価のディメンションとして再発見し、調査項目に落とし込んでもよいかもしれません。

(なお残念なことに、上記『エクセレント・カンパニー』の中で、7Sフレームワーク自体の解説はなされておらず、提唱者自らの言葉で理解するためには、次の論文(英文)を参照するしかないようです。)

ROBERT H. WATERMAN, JR., THOMAS J. PETERS, AND JULIEN R. PHILLIPS 『Structure is not organization』 (1980)

 

◆さて、再び経営学史を振り返ると、バーナードの組織論を嚆矢に、様々な組織理論が提案されるようになりますが、特定の物の見方で全てを説明しようと試みる「パラダイム」性が強いものになってゆきます。次のような様々なパラダイムが提案されてゆきました。

  • 機能(構造機能主義)
  • 情報処理過程(情報処理論)
  • 環境適応過程(システム論)
  • 進化と変容の過程(生物学のアナロジー)
  • 取引費用最小化(経済学)
  • 人間関係
  • ・・・

しかし、特定のパラダイムに基づく現状分析は、そのパラダイムに基づく問題解決方法を導くものになるため、特定の物の見方に偏らずに自社独自の調査を開発するための雛形としては適切ではなくなってきます。(その中で、先述したナドラー/タッシュマンのコングルーエンス・モデルは、上記の中ではシステム論に依拠しつつ、モレがなく偏りも感じさせないものになっていると言えます。)パラダイム性の強い組織モデルに基づく組織研究の代表的な日本語文献として、次の書籍があります。

野中郁次郎、加護野忠雄、小松陽一、奥村昭博、坂下昭宣 『組織現象の理論と測定』

その後の経営学会の重鎮となった、当時気鋭の先生らがチームを組んで、包括的な組織モデルを打ち立てるとともにその測定尺度をも開発することを企図した、野心的な研究書です。1978年に刊行された書籍ですが、2013年に新装版が出されており、すなわち、本書は日本の経営学会における組織論研究の一つの到達点であった一方、その後の目覚ましい発展はなかった、ということを示しているとも言えるかもしれません。当時主流だった「コンティンジェンシー理論(環境適応理論)」のパラダイムに基づきつつ、それではカバーできない要素をも加えて、マクロ(組織全体)レベルからミクロ(個人)レベルまで包含できる体系を打ち立て、学術研究をサーベイしながら、実務的な測定尺度開発にまで踏み込むことが企図されているものですが、包括的な調査項目に落とし込むための道程はまだ長いと感じられます。逆に、多元的な現象である組織というものをとらえることがいかに難しいかを理解させられます・・・


【ディメンションに基づく調査項目の体系化】

以上から、本連載では、予め要素を限定列挙して関連づけた「組織モデル」に依拠するよりも、相互に独立した評価軸であることを目指す「ディメンション」に基づいて、組織の評価項目を洗い出すことを推奨しています。要素間の意味的な距離関係を測り、要素のモレダブリを排除しながら、要素の内容を調整したり、新たな要素をも取り込むことができる柔軟性があります。言い換えれば、「組織モデル」と「組織の評価項目」とは分けて考えるべき、ということです。(先に述べた組織モデルも、まずは要素をディメンションとして整理することができます。)要素がどのように関連しあって組織目標の達成につながるのか、という「メカニズム」については、調査結果データが集まってから、データに基づいてモデル構築を試み、検討すればよいのです。それによってかえって、データを虚心に見て、問題・課題と改善に向けてのストーリーを考えることができます。そして、自社の状況にふさわしい、独自のセオリーを得ることができます。(本連載では第10回で扱います。)

そして組織評価のディメンションとして、本連載では、

  • 人(ミクロ、個) ⇔ ビジネス(マクロ、全体、組織、業務)
  • 将来(長期) ⇔ 現在(短期)

の2軸の組み合わせの中に位置づけられる4象限を、組織の評価においても人の評価においても適用可能な、万能のディメンション雛形として推奨しています。このディメンション雛形を推奨するのは、幅広い評価項目で組織や人を評価し、その結果データに基づいて「因子分析」等を行い、評価項目の集約を図った時にはこの2軸が浮かび上がってくることが多く、かつこの2軸は経営の成果の分類とも結びつけやすいからです。

 

◆これと同じ2軸・4象限を、評価項目体系化の軸としてはっきりと提唱しているのが、HRの機能および役割強化を提唱するグルとして名高い、Dave Ulrich教授です。次の書籍において、この2軸・4象限に従って、それまで世の中で提案されてきた様々なリーダーシップモデルを整理・統合し、統一理論を作る試みがなされています。(日本語訳されていないのが残念です。)

Dave Ulrich、Norm Smallwood、Kate Sweetman 『The Leadership Code: Five Rules to Lead by』

リーダーが備えるべき行動特性、すなわち所謂リーダーシップ・コンピテンシーを整理しているものですが、リーダーが組織にもたらすべき成果に着目して分類・整理しているため、組織が備えるべき特性の整理としても転用することができます。

(2009年の刊行から10年経ったことを踏まえ、経営環境変化に伴い求められるリーダーの行動の変化を捉え、次のようにバージョンアップ(増補)されています。)

What Makes an Effective Leader? Leadership Code 2.0

 

(2020/1/31追記)同様の主旨のものとしてもう一つ外すことはできないのは、キャメロンとクインが提唱する、組織文化の「競合価値観フレームワーク」です。それは、組織文化の類型を

  • 内部重視 ⇔ 外部重視
  • 柔軟性 ⇔ 統制

の2軸で整理し、4象限に

  • イノベーション文化
  • マーケット文化
  • 官僚文化
  • 家族文化

を割り当てるもので、本連載で提唱しているディメンションと同じ趣旨のものと言えます。組織開発の分野で長く参照されてきたフレームワークであり、構成概念としての妥当性も学術的に検証されてきたものです。

ここで重要なことは、各ディメンションが「競合」関係、すなわち相反する関係にあるものとされていることです。すなわち、全てを同等の高いレベルで満たすことは難しく、得策でもなく、どのディメンションを強化するか、意図的に絞り込んで取り組むことが望ましいことになります。また、このディメンションによって組織や人の特徴をとらえることができることを意味します。

さらに、このフレームワークでは、各文化と、各文化を強化するマネジメントスキルとが次のように対応づけられ、マネージャーの行動にまで落とし込まれています。

  • イノベーション文化──革新を管理する能力/将来を管理する能力/継続的改善を管理する能力
  • マーケット文化──競争力を管理する能力/社員に活力を与える能力/顧客サービスを管理する能力
  • 官僚文化──組織への順応を管理する能力/統制システムを管理する能力/調整・協調を管理する能力
  • 家族文化──チームを管理する能力/人間関係を管理する能力/他者の育成を管理する能力

キム S・キャメロン、ロバート E・クイン 『組織文化を変える』


【ビッグファイブはなぜ5つの因子にまとまるのか】

本連載では、2軸で構成される4象限のディメンションに加えて、もう一つ、「根本価値や基本姿勢」に相当する第5のディメンションを立てることを推奨しています。5項目にまとめた評価軸の例として、「トヨタウェイ」やその原点となる「豊田綱領」を例示していますが、5項目というと、心理学で言うところの「ビッグファイブ」を思い浮かべる方も多いでしょう。

ビッグファイブとは、心理的特性(要するに性格)はつまるところ5項目にまとめることができる、という心理学会のコンセンサスと言われるものです。性格の分類については過去にあらゆる理論が提唱されてきたものの、データを収集して「因子分析」手法でまとめてみると、なぜか、5つの因子にまとまるというのです。そして、5つの因子とは、調査の母集団やその文化的背景によって若干のニュアンスの違いはあるものの、概ね次の単語で形容できる5つであるというのです。ただし、この理論の肝は「統計分析をすると5つにまとまる」ということだけであり、「なぜ5つなのか」「5つの因子の本質的な意味内容は何なのか」ということには触れられません。

  1. 外向性
  2. 精神的安定性
  3. 経験への開放性
  4. 真面目さ
  5. 協調性

 

◆そのあたりの事情や感覚については、次に詳しく述べられています。後者のダニエル・ネトルは、ビッグファイブという大きな幹をクリスマスツリーのように使って、これまで自分が見出してきた心理的属性をぶらさげて整理している、という趣旨のことを述べており、それは、組織や人の評価項目を洗い出して体系化する時のセンスにも通じます。

村上宣寛 『性格のパワー 世界最先端の心理学研究でここまで解明された』

ダニエル・ネトル 『パーソナリティを科学する―特性5因子であなたがわかる』

 

さて、では、これら5因子の本質は何なのでしょうか?ダニエル・ネトルによれば、進化生物学や、近年MRIで明らかになってきた脳神経の構造で説明する動きもあるということです。しかし私は、脳や神経系の構造というよりも、むしろ外界の構造(客観世界のカテゴリー)を反映しているのではないかと考えています。よってそれは普遍性を帯び、人や組織を評価するディメンションの構造ともパラレルなのではないか、と。実際、次のように解釈・整理することで、それぞれの因子の持つ「意味」や「価値」がよくわかります。(実際に、ビッグ5とリーダーシップ行動の対応関係についての研究も存在します。)