【多面評価は評価する側一人一人のためでもある】
組織メンバー一人一人についての情報を得て、一人一人の能力発揮のあり方を見直す方法として、多面評価(360度評価)は最も優れた方法です。広範な社員を対象に、毎年多面評価を行い、対象者一人一人にフィードックを行い、組織としても人材情報を更新してゆくことは、それなりの手間を要しますが、継続してゆけば、手間に見合った効果が確実に得られます。さらに、毎年決まった時期にお互いにお互いのことを評価してみることで、評価の対象者のみならず評価する側にとっても気づきが得られることを意図するならば、評価の手間は単なるコストではなくなり、費用対効果は劇的に高まります。
【お互いを知ることが組織を強くする】
そのことを裏付ける理論があります。「トランザクティブ・メモリー」という理論で、組織全体としての知識を増やす鍵は、組織の各メンバーが「他メンバーの誰が何を知っているか」を知っておくことである、という理論です。組織内の誰かは他の人とは異なった技能を持っているというメンバーの「専門性」の認識、そして、そのことについての自己認識と他者認識が一致する正確性が高まれば、組織のパフォーマンスも高まる、という研究があります。(『世界の経営学者はいま何を考えているのか』入山章栄 2012)
一見当たり前にも思えますが、この考え方に立つことによって、教育研修や組織開発への考え方が違ってきます。すなわち、「会社が社員の知識・スキルレベルを高める」、すなわち、「会社として社員一人一人の知識・スキルレベルを把握し、誰にどのような知識・スキルを身につけさせるか計画を立て、人選をして教育研修を案内する」・・・といった発想は主流ではなくなります。
その代わりに、知識・スキルを身につけること自体は社員一人一人の責任とする。一方、誰が何を知っているか、誰が何に強いか、ということをお互いに考える機会を与える。社員一人一人が、自分の強み・弱みが他者によってどのように認識されているかを知り、どの分野を伸ばすことで組織の中でより有利に生きてゆくことができるかを考え直す機会を与える・・・そのような考え方が主流になります。
ポイントは、お互いの強み/弱みを意識し合い、お互いの認識を擦り合わせることです。自己の強みの認識は、他者の見方と照らし合わせることで、研ぎ澄まされます。何故ならば、他者と比較してどうか、他者からどう見られているか、ということが、「強み」ということの本質だからです。
多面評価は、そのような文脈に位置づけられるべきでしょう。また、知識やスキルの棚卸を行う場合も、自分または上司だけがチェックする、というのではそのメリットは半減してしまうと考えるべきでしょう。誰が何について詳しいのかお互いに振り返り、その認識を照らし合わせて、組織全体の認識としてゆくこと・・・これこそが知識やスキルの棚卸の中核と考えるべきです。
【コミュニティの起源はお互いを「記憶」すること】
そして思い起こすならば、「お互いについてのお互いの認識」を研ぎ澄ますことこそが組織や社会にとって重要、という考え方には、歴史的な、そして組織や社会の本質に根ざした背景があるのです。
組織の能力を高めるためにはフォーマルな組織図を超えた「コミュニティ」が重要、ということが指摘されてきました。「フォーマルな組織図の枠を超えて組織横断的に動くべき」ということは常に強調されます。といって、そのために組織横断的な委員会を作ることは組織図を超える組織を新たに作るということで、コストも大きく、「屋上屋を重ねる」ことになりがちです。
委員会を作るのとはまた別の方法は、「意識的に他者のことを思い起こす機会を設ける」ことです。自分と仕事上のつながりがある人々のことを思い起こし、様々な角度から能力を評価し、人それぞれの強みと弱みを考えてみる。そしてそれを仕組み化する。そのような仕組みならば、委員会のような組織外組織を設けるよりもはるかに簡便です。
そして、それこそが「コミュニティ」の起源に根ざした発想なのです。コミュニティの歴史的起源、代表的な形態が教会の集まりにある、ということはよく指摘されるところです。教会の中心にある最も聖なる交わりは、コミュニオン(communion)と呼ばれます。では、このコミュニオンの実体とは何なのでしょうか?「コミュニティーのメンバーどうし、お互いを定期的に想い起こすこと」こそがコミュニオンの実体なのです。このようなコミュニティの起源は、組織運営上も参考になるものではないでしょうか?
このような視点から、個々の人材開発のツールというよりも組織開発のためのツールとして多面評価を活かしてゆくことが望ましいと言えます。
南雲 道朋